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名古屋高等裁判所 平成5年(ネ)847号 判決

名古屋市中川区本前田町二五八番地

控訴人

池本滋

右訴訟代理人弁護士

内藤義三

愛知県稲沢市陸田一里山町五三番地

被控訴人

エーアールシー株式会社

右代表者代表取締役

井川敏

愛知県稲沢市長野三丁目一〇番二八号

被控訴人

井川敏

右両名訴訟代理人弁護士

舟橋直昭

高橋譲二

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人らは、各自控訴人に対し、三〇七二万五〇〇〇円並びにこれに対する被控訴人エーアールシー株式会社は昭和五七年六月一日から及び被控訴人井川敏は同月二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

四  仮執行宣言

第二  事案の概要

一  本件事案の概要は、原判決の事実及び理由欄「第二 事案の概要」の摘示のうち控訴人・被控訴人ら間の第一事件(昭和五七年(ワ)第一六四〇号損害賠償請求事件)に関する部分を次のとおり加除・訂正のうえ引用するほか、後記二の当審における控訴人の主張及び後記三の当審における被控訴人らの反論のとおりである。

1  原判決一五頁一一行目の「15の平坦部15a」を「13の平坦部13a」と、同一六頁一一行目の「実施例」を「作用効果」とそれぞれ改める。

2  同一九頁二行目の「である。」を「であって、」と改め、その次に「斜め上向きの平坦部は一実施例にすぎない。」を加える。

3  同二〇頁一行目の「かつ、」の次に「平坦部の面積の大小は阻止力にほとんど影響せず、」を、同二一頁末行の「構成され」の次に「、フィルムを引張っても引き出すことのできない密着力を有し」をそれぞれ加える。

4  同二四頁九行目の「無効」から同一〇行目の「高いから、」までを削り、同三一頁末行の「そして」から同三二頁二行目の「いから、」までを「したがって、」と改める。

二  当審における控訴人の主張

1  原判決は、本件考案の構成要件Cにいう「密着部」の意義について、本件明細書の考案の詳細な説明欄に記載された実施例に限定して解釈しているが、これは、実施例は権利範囲を拘束するものではないという原則に反し許されない。また、仮に、本件考案の構成要件Cにいう「密着部」の意義について、本件明細書の考案の詳細な説明欄に記載された実施例に限定して解釈することが許されるとしても、その解釈は、実用新案権に「一見明白な公知無効事由がある」場合に限って許されるというべきであるところ、原判決自身も明白な無効事由の存在を認定していないのであるし、本件実用新案権にかかる実用新案登録無効審判の請求について、フレッシュパッカーが本件考案の出願前に製造されていたかどうかが争われたところ、特許庁は、右事実を認めることはできず、フレッシュパッカーが本件考案の出願前に日本国内において公然と知られ、又は用いられていたとは認められないと判断した上、右請求が成り立たないとしてこれを排斥し、被控訴人自身も、無効審判請求を取り下げ、有効性が確定した本件において、右のような解釈を採ることは許されないというべきである。

2  原判決は、本件において、フレッシュパッカーが昭和五〇年以前に製造されていた事実を認定したが、原判決の右認定は、信用性に欠ける別件証人木谷進の証言を採用するなど証拠判断を誤った結果によるものであり、前記無効審判にも抵触する。右の認定判断については、特許庁の右判断こそが、専門家による判断として尊重されるべきであるから、原判決の右認定は違法である。

3  原判決は、イ号物件にはフィルムローラーにブレーキ板が設けられ、ブレーキねじを調節することによって、フィルムの引出しに抵抗力を与えることができる構造になっているという事実を認定し、右認定事実に基づき、イ号物件の屈曲部分Zは、本件考案の構成要件Cにいう「密着部」には該当しない旨判示しているが、右のように、イ号物件の使用者が右のブレーキを使用するなど、本件考案の効果を発揮できない方法でイ号物件を使用し得ることを理由に右構成要件の非該当性を判断するのは、本件考案のように物を対象とする考案については許されないというべきである。

4  被控訴人らは、本件実用新案権にかかる実用新案登録無効審判の請求を取り下げておきながら、本件でなお無効事由があるとして、本件考案の構成要件につき限定的に解釈すべきである旨の主張をするのは、禁反言の原則に反して許されないというべきである。

三  当審における被控訴人らの反論

1  当審における控訴人の主張1は争う。本件実用新案のように、登録請求の範囲の記載が抽象的機能的である場合、その技術的範囲は、考案の詳細な説明に記載された実施例に限定して解釈すべきものである。そもそも、本件考案全部が出願当時公知公用であった事実からすると、本件は実施例限定の解釈原則を適用すべき典型的事案である。

2  同主張2について

控訴人の主張する特許庁の審決では、フレッシュパッカーが本件出願前に日本国内において公知、公用であった事実の立証が不十分であると判断されたにとどまるところ、原判決は、大伸製作所が右各装置と同一の製品を昭和四九年後半には製造販売していた事実を証拠に基づいて正当に認定したのであるから、右審決の右判断は、本件について参考となるものではない。

3  同主張3について

控訴人は、イ号物件の使用者が本件考案の効果を発揮できない方法でイ号物件を使用し得ることを理由に右構成要件の非該当性を判断するのは、本件考案のように物を対象とする考案については許されない旨主張するが、原判決は、あくまでも、本件出願時の公知技術(平坦部ないし屈曲部)と本件考案(密着部)のそれぞれの構成を対比し、両者の差異の存在を認定判断しており、控訴人の主張するような判断はしていない。

4  同主張4は争う。

第三  当裁判所の判断

一  当裁判所も、控訴人の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり付加・訂正のうえ原判決の事実及び理由欄「第三 争点に対する判断」の「一」の説示を引用するほか、後記「付加する当裁判所の判断」のとおりである。

1  原判決五八頁七行目の「上端」から同九行目末尾までを「上端部に設けられる『平坦部』について、それが『密着部』であることを示す文言はなかったが、後に手続補正書により、右の『平坦部』について、それが『密着部』であることを明示する旨の訂正がされた。」と改める。

2  同六〇頁末行の「右回動板」の次に「(保持板)」を加え、同行の「所定」を「所定の」と、同六一頁二行目の「回動体」を「右回動板(保持板)」と、同九行目の「明示されてはないが」を「明示されてはいないが」とそれぞれ改める。

3  同六二頁九行目及び同一二行目の各「抵抗力」の次に「(密着性)」をそれぞれ加え、同六三頁四行目の「野菜」を「生鮮食品」と改める。

4  同七二頁三行目の次に行を改めて「控訴人は、当審において本件考案の密着力は、フィルムを引っ張っても引き出すことができない程度に強いものであることは認めるのであるが、具体的にいえば、『回動体の回動』『緊張包装』が可能な程度の強さがあることが必要で、かつ、それで十分であると主張するが、上記のとおり、控訴人は、特許庁の拒絶理由に対し、密着部に密着させると、引っ張ってもフイルムはそれ以上引き出されることはなく、これによって緊張状態で包装することができる旨の意見を述べているのであるから、この密着力については、前記のとおり(原判決引用)解するのが相当である。」を加える。

二  付加する当裁判所の判断

1  控訴人は、本件考案の構成要件Cにいう「密着部」の意義を解釈するについて、原判決が本件明細書の考案の詳細な説明欄に記載された実施例に限定して解釈しているのは、実施例は権利範囲を拘束するものではないという原則に反し許されないことであるし、また、仮に、右解釈が許される場合があるとしても、それは、実用新案権に「一見明白な公知無効事由がある」場合に限って許されるものであるのに、右明白な無効事由の存在を認定することなく、右のような解釈を採った点でも違法である旨主張する。

しかしながら、考案の技術的範囲は、まず明細書の登録請求の範囲の記載(クレーム)に基づいて定めるべきことは当然であるが、この範囲の記載だけではその技術的意義が不明確で、一義的に明確に理解することができない場合には、当該出願の際の明細書の考案の詳細な説明、出願審査の経緯、公知技術等を証拠に基づき認定した上、これらの事情に照らして右考案の技術的範囲を明らかにすることができるのであって、そのような場合にまで登録請求の範囲の記載文言に限定されるわけではない。そして、本件考案の構成要件Cにいう「密着部」の意義については、それが「回動体の後部に立設され、上端に設けた密着部に帯状フイルムを密着させることにより、当該フィルムのそれ以上の引出しを阻止するとともに、帯状フィルムの引っ張り力を受けて、回動体を回動させる機能を有するもの」であるという、その機能面が記載されているのみで、それがいかなる形状等によって右機能ないし作用効果を達成しているかについては明らかにされていないのであるから、その解釈に当たっては、本件明細書の考案の詳細な説明欄の記載を参酌するとともに、本件出願審査の経緯、本件考案に類する技術の本件出願当時の水準等の諸事情を証拠に基づき認定した上、これらの事情に照らして行うのが相当というべきであって、前記一の判示(原判決引用)は、正に右の見地から判断したものである。控訴人は、原判決言渡後に、特許庁が、フレッシュパッカーが本件考案の出願前に製造されていたかどうかが争われた本件実用新案権にかかる実用新案登録無効審判の請求について、右事実を認めることはできず、フレッシュパッカーが本件考案の出願前に日本国内において公然と知られ、又は用いられていたとは認められないと判断した上、右請求が成り立たないとしてこれを排斥したから、この点からも実施例に限定しての解釈は不当であると主張する。しかし、本件における実施例限定の解釈は、本件実用新案が公知公用であることを理由とするものではないから、右主張は採用することができない。

2  原判決は、本件において、フレッシュパッカーが昭和五〇年以前に製造されていた事実を認定したが、前記挙示の証拠(原判決引用)によれば、本件出願前である昭和五〇年以前には、大伸製作所により、フレッシュパッカーの回動体に改良が加えられて原判決別紙物件目録(一)第2、3図のような構造となり、前立上部上端に平坦部を有するものが製造されるようになったことが明らかに認められるのであるから(当裁判所も五〇で始まる製造番号にのみ基づいて右の認定をするものではない。)、特許庁が右と異なる判断をしたからといって、右認定が妨げられるいわれはないというべきである。したがって、控訴人の右主張は採用できない。

3  控訴人は、原判決は、イ号物件にはフィルムローラーにブレーキ板が設けられ、ブレーキねじを調節することによって、フイルムの引出しに抵抗力を与えることができる構造になっているという事実を認定し、右認定事実に基づき、イ号物件の屈曲部分Zは、本件考案の構成要件Cにいう「密着部」には該当しない旨判示しているが、右のように、イ号物件の使用者が右のブレーキを使用するなど、本件考案の効果を発揮できない方法でイ号物件を使用し得ることを理由に右構成要件の非該当性を判断するのは、本件考案のように物を対象とする考案については許されないというべきである旨主張する。

しかしながら、本件考案の構成要件Cにいう「密着部」の意義の解釈については、前判示(原判決引用)のとおり、本件明細書の考案の詳細な説明欄の記載を参酌するとともに、本件出願審査の経緯、本件考案に類する技術の本件出願当時の水準といった諸事情を証拠に基づき認定した上、これらの事情に照らしてみた場合、「右の『密着部』とは、フィルムに接することによってフィルムの引出しに対する抵抗力を生じるにとどまらず、フィルムを引っ張っても引き出すことができない程度の強い密着力を有するものであって、ブレーキ板によってフィルム筒体を載せたローラーの回転に影響を与えるといった手段を用いることなく、密着部にフィルムを密着させること自体によって、フィルムのそれ以上の引出しを阻止し、回動体を回動させる機能を有するような構造を備えたもの、具体的には、回動体の後立上部の屈曲部を露出させ、かつ、後立上部の上端に斜め上向きに平坦部を形成したもの、又はこれと同程度の強い密着力を有する構造を備えたもの」を意味するものとして限定的に解釈すべきものと判断し、その上で、イ号物件が右の「密着部」を備えているかどうかについては、イ号物件には斜め上向きに形成された平坦部はないこと、その屈曲部多は露出しているものの、フィルムをほぼ水平方向に強く引っ張ってもそれ以上引き出せない程度の密着が生ずるような構造にはなっていないこと、更に、イ号物件のフィルムローラー部分にはブレーキ板が設置され、ブレーキねじを調節することでフイルムの引出しに対し抵抗力を与えることができる構造になっていること等の事実を認定し、右認定事実を総合考慮して、イ号物件の屈曲部分Zは、本件考案の構成要件Cにいう「密着部」には該当せず、したがって、イ号物件は右の「密着部」を備えていない旨の判断をしたものであって、本件考案の効果を発揮できない方法でイ号物件を使用し得ることを理由に右構成要件の非該当性を判断したものではないから、控訴人の右主張も採用できない。

4  控訴人は、被控訴人らは、本件実用新案権にかかる実用新案登録無効審判の請求を取り下げておきながら、本件でなお無効事由があるとして、本件考案の構成要件につき限定的に解釈すべきである旨の主張をするのは、禁反言の原則に反して許されないというべきである旨主張する。

しかしながら、本件で直接問題とされているのは、あくまでも本件考案の構成要件Cにいう「密着部」の解釈であり、右解釈のための基礎事情の一つとして、本件考案に類する技術が本件出願当時どの程度の水準にあったかという事情が取り上げられているにすぎないのであって、本件考案について無効事由があるかどうかが直接の争点とされているわけではないことからすれば、被控訴人らが、本件実用新案権にかかる実用新案登録無効審判の請求を取り下げたからといって、それ故に本件訴訟で応訴することが禁反言の原則に反するとはいえず、他に、被控訴人らの本件応訴が右原則に反することを基礎付けるに足りる事情も見当たらないから、控訴人の右主張は失当である。

三  以上によれば、控訴人の被控訴人らに対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

四  よって、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮本増 裁判官 野田弘明 裁判官 立石健二)

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